反貧困フェスタ 2008 「貧困をどう伝えるか」

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お礼のことば 反貧困ネットワーク代表 宇都宮健児

「反貧困フェスタ2008」は、3月29日、幸い天候にも恵まれ、神田一橋中学校の校庭の桜も満開となる中で開催することができました。初めての企画なので、いろいろと行き届かない所はあったと思われますが、1200部用意した資料集がまたたくまになくなってしまい、1600人を超える人に参加していただけたことは、第1回目の企画としては大成功であったと思います。

教室や体育館などで行われたシンポジウムや講演会はいずれも盛況で、人があふれて立ち見の出る会場もありました。校庭では、労働相談・多重債務相談・生活相談などのよろず相談コーナー、飲食コーナー、物販・展示コーナーなどが設けられ、音楽や踊り、餅つき大会なども行われました。

今回のフェスタに90を超える多くの団体・個人に参加・賛同していただいたことは、貧困問題に対する関心の広がり、貧困に抗する力の広がりを実感しています。今回のフェスタを機会に、反貧困のネットワークが全国各地に広がることを期待しています。参加団体の皆さん、シンポジウム・講演会のパネリスト・講師を引き受けていただいた皆さん、本当にご苦労様でした。また、有難うございました。

最後になりましたが、フェスタを手伝っていただいた神保町応援隊の皆さん、ボランティアの皆さんに感謝いたします。また、フェスタの会場を気持ちよく提供していただいた千代田区立神田一橋中学校にも感謝したいと思います。どうも有難うございました。

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貧困ジャーナリズム大賞

私たち「反貧困ネットワーク」はさまざまな形で広がる「貧困」を最大の社会問題として位置づけ、それを解消していくために活動する人間のネットワークです。残念ながら貧困に関するジャーナリズムの関心はこれまで決して高いものとはいえず、十分に報道されてきたとは言い難い面があります。量のみならず質においても、ともすれば一面的な報道、あるいは感情的な報道、官庁発表垂れ流しの官製報道となってきた傾向もあります。そうした報道が国民の貧困問題に関する無関心や無理解、誤解等を招く、という悪循環につながってきた側面は否定できません。イギリスをはじめとする欧州の国々では、貧困に関する報道はごく日常的にかつ頻繁に行われています。他方、日本ではそうした報道がまだ限定的で、専門のジャーナリストも育っていない現状に、私たちは強い危機感を覚えています。

そこで私たちは貧困問題について理解と問題意識を持ち、正確に、かつ、継続的に報道する数少ないジャーナリストの皆さんに敬意を表すると同時に、その報道活動を励まし、称え、社会にアピールするために、フリーの方でも組織に属している方でも、実際に取材をしている「個々のジャーナリスト」の皆さんを対象として、ささやかな賞で功績を顕彰することにしました。同時に報道の成果である「記事」や「映像作品」などに一般の人たちが触れ、貧困報道への関心を高める機会になってもらえれば、とも願っています。

「反貧困フェスタ2008」にて「貧困ジャーナリズム大賞」が発表されました。 受賞者はこちら


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シンポジウム報告

税制と社会保障―弱者にとってやさしい制度とは

コーディネーター:岡田広行(週刊東洋経済)
パネリスト:浦野広明(立正大学)、藤原千沙(岩手大学)
司会:赤石千衣子

岡田さんからは、税の徴収や社会保険の徴収が厳しさを増し、多重債務化している実態が報告された。浦野広明さんからは、憲法に基づいた税の徴収をすべきであること、税の徴収が弱者に厳しく、金持ちに甘くなっている実態が話された。藤原さんは、日本の社会保障費はほとんどが高齢者に使われている。税を払い、社会保障に、特に子どもにもっとお金をまわすべきだとし、所得再分配という軸で、特に子どもに貧困が起こっているとレポートした。質疑で消費税や、給付付き税額控除についても一定議論が起こり、税と社会保障への関心が高まっていることがうかがえた。教室は満席となり、50部刷った資料は足りなくなった。
(赤石)

労働と貧困

コーディネーター:竹信三恵子(朝日新聞社)
パネリスト:髙木剛(連合会長)、関根秀一郎(派遣ユニオン書記長)、河添誠(首都圏青年ユニオン書記長)

河添さんは、非正規で働く若者の貧困の実態、雇用が崩壊する中で社会保障が機能していない現状を報告し、労働者派遣法の改正のほか、短時間労働者も社会保険や雇用保険に加入できるようにするなど、困窮者の生活を支えるセーフティネットの構築の必要を説き、労働組合をはじめ、NPOや市民団体などが幅広く連携し、貧困に陥った人が声を上げられる仕組みを作っていくことが重要であり、「労働基準法さえ守られず毎日泥沼の中で働く人にブル-シートを作っていくことが必要だ。」と訴えました。

関根さんは、日雇い派遣の実態を告発し、労働者派遣法について、まず日雇い派遣の禁止が急務であり、3割から5割にも及んでいる高額なマージン率に上限規制を設け、派遣の対象業務を1999年以前の専門的業務に限定し、登録型派遣を廃止するとともに、期間の定めのない直接雇用と均等待遇の原則を確立する必要があり、「労働が劣化しぼろぼろの状況にある」現状を打開するため、組合は路線潮流を云々することを止め、正社員と非正規社員が手をつなぎ、すべての労働者が連帯する必要があると訴えました。

髙木会長は、貧困・格差拡大の最大の要因は雇用問題にあり、「働き方のルールをねじ曲げ、非正規労働者をこんなに増やしてきた責任は経営者にある。引き金を引いた経営者に反省がない。見て見ぬふりをしてきた労働組合にも従犯の責任がある」とし、「経営者は、使い勝手のよい働き手を増産したい一心であり、さらに労働規制の緩和を求めている。いったい人間性をもって働くという観念はどこにあるのか。」「企業は正社員の横道探しをしている。派遣がだめなら、偽装請負。それもだめなら、有期契約社員とする。モグラたたきだ。」と警告し、労働者派遣法は1985年の制定時の内容にまで戻し、最低賃金を大幅に引き上げ、専ら派遣の問題やバイク便などの一人親方型請負の問題にも取り組む必要があるとし、「貧困を語らない政治家はいらない」「連合には政策として実現していく覚悟がある」と決意を述べました。最後に河添さんが髙木会長にヒンキーバッジを贈りました。
(猪股)

海外特派員が見た日本の貧困―ここがヘンだよ! 日本の「貧困」と「報道」!

英国インデペンデント紙のマックニール記者、ドイツ・ハンデルスブラット紙のマイヤー記者、韓国SBSソウル放送のユン記者らが参加。自国での「貧困」報道の扱われ方や底流にある考え方を紹介しながら、自己責任論を始めとする日本における貧困問題の扱われ方が国際的には特殊であることを浮かび上がらせました。日本で取材する特派員たちは取材を通して「日本では貧困問題は個人の問題とされていることへの違和感」を共通して持っていました。イギリスやドイツでは貧困問題、特に貧困層の増減について年中ニュースのテーマになり、政党同士の争点にもなっています。最近ではドイツで最低賃金問題、イギリスでニート対策で義務教育延長が主要テーマになりました。両国では新聞やテレビで貧困について頻繁に報道が行われ、貧困に陥った時にもらう生活保護や失業手当についても「恥を感じることはなく誇りを持ってもらっている」という報告がありました。パネリストのイギリス人記者が「かつて堂々と生活保護をもらっていた」と発言すると会場からどよめきが起こりました。ドイツでは毎月、貧困層の数が政府統計で発表される仕組みになっているという点も驚かされました。日本と同じ東アジアの韓国でも「貧困問題は社会の問題であり、解決するのは政治家の責任」とするのが一般的な考え方と報告されました。

他方、経済のグローバリゼーション化の流れは各国でも看過できないものになっていてそれぞれで「雇用の非正規化」など規制緩和に向けて進む現状があるのでアメリカや日本のようにならないように注意深く報道している、という感想もありました。日本で蔓延する「貧困になったのは本人のせい」だと政治や社会が手を差しのばさなくてもよいという自己責任論については、政治や社会の責任をあいまいにするので問題だ、もっとメディアがきちんと伝えるべきという指摘がありました。会場からは生活保護が恥だと受けとめられない社会にするにはどうすればよいのか?という日本人記者などから質問が相次ぎました。
(水島)

どうする? 子どもの貧困―福祉と教育をつなぐ

日本の反貧困政策と実践のなかで、「子どもの貧困」については議論の蓄積も充分でない現状にあります。そこで、子どもの貧困の現実を共有し、その克服のための政策上の争点と実践の方向性や課題を討議することを目的としてシンポジュウムを開催しました。

まず、学校事務職員の方からは、義務教育は無償とされながらも実際には修学旅行や制服代など高額な諸費用が必要であること、一方、就学援助があるといえどもまだ敷居が高い制度であることなど、保護者や子どもの生活への皺寄せの実態が報告されました。生活保護世帯の子どもの高校進学支援のための勉強会スタッフからは、教師や大人が諦めずに粘り強く子どもに関わっていくことの必要性、高校進学後の継続した支援の重要性が指摘されました。児童相談所の職員からは、子ども虐待が「家族の問題」「心の問題」とされる風潮について、「貧困をなくせば虐待をなくしていける」として、子ども虐待の背後にある経済的貧困、さらには社会福祉制度そのものの貧困について言及されました。最後に、今後の方向性として、①マクロな政策レベル、②教育や福祉など子どもに関わる現場のレベル、③子どもの声を聴き取る日常生活のレベルでの総合的なアプローチの必要性について課題を提起し、閉会となりました。大勢の方にご参加いただき、この問題への関心の強さにちからをいただきました。
(湯澤)

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講演会レジュメ

教育・格差・貧困―現代教育問題を考える 大内裕和(松山大学)

格差・貧困問題と教育との関係は深い。先進諸国のなかでも教育における私費負担の比率の高い日本においては、経済的貧困は教育格差に直結する。就学援助率の高まりは、小・中学校の時期から子どもの教育を行うことが困難な家庭が急増していることを示している。また経済的理由による高校中退、高校の授業料未払い問題の噴出、さらには経済的理由による大学進学の困難は、教育を受ける機会が不平等となっている現状をはっきりと示している。

教育機会の格差は進学/非進学に止まらない。全国大学生活協同組合連合会が2007年10月に行った調査によれば、親元から離れて暮らす大学生が受け取っている仕送りの額が月平均7万9930円となり、最も多かった1996年(10万2240円)に比べて2万2310円減り、1987年(7万9460円)の水準に戻った。奨学金制度が貧弱な日本社会においては、仕送り額の減少はアルバイトの増加に直結する。大学進学した学生の多くがアルバイトに追われ、実際には大学で学ぶ権利を奪われている。また一方で子どもの教育費負担の重さに苦しんでいる労働者も多数存在している。

教育格差の深刻さは、それが学校を卒業した後の労働市場での格差につながることである。「そんなにお金がかかるなら学校なんて行かなければいい」とは簡単には言えない。学歴を経由しない職業世界へのルートが極めて限られている今日、学校に通わないことは将来の職業からの排除=貧困を意味しているからである。

教育格差や学歴格差は職業世界における格差を生み出し、正当化する。教育機会の不平等が広がっていることは、出身家庭の経済力によって子どもが受ける教育の質に格差がつけられ、それが将来の職業・地位・賃金の格差にまで及んでいることを示している。教育を経由して、格差や貧困が親から子どもへと「再生産」されるのである。

近年の政府が進めてきた教育改革は、格差や貧困の「再生産」を急速に強化する方向で進められてきた。ここでは格差や貧困との関わりで、現代の教育問題を考えてみたい。

大内裕和 1967年神奈川県生まれ。現在は松山大学人文学部教授。専攻は教育社会学。主な著書に『教育基本法改正論批判』(白澤社)、『教育基本法「改正」を問う』(共著、白澤社)、編著『愛国心と教育』(日本図書センター)など。

究極の貧困をどう伝えるか―経済の貧困と関係の貧困と 生田武志

「私たちのことを理解して下さい」といった時に既に本当の理解はない(横塚晃一『母よ! 殺すな』)

ぼくは、1986年から日本で野宿者が最も集中する釜ヶ崎で日雇労働者や野宿者の運動に関わり、2001年から各地の中学校や高校、フリースクールで70数回の「野宿者問題の授業」、そして千人以上の教員に対する研修を行なってきました。ぼくは、「野宿者問題の授業」を日本で最も多くやってきた人間かもしれません。

主に単発の授業をしていますが、連続授業のときは、野宿当事者と一緒に行って生徒にやりとりをしてもらうようにしています。「野宿者はどのように生活しているか」「野宿になる原因や社会的背景」「襲撃の実態」「解決の方法」などについて話し、「空き缶集めのようす」や「こども夜回り」のビデオをよく使います。

授業を始めたきっかけは、身近であまりに多く繰り返される野宿者襲撃という「若者と野宿者の最悪の出会い」を別の出会いに転換させたいという思いからでした。そこには「若者に野宿者の現実を知らせ、襲撃を阻止する」という目的がありました。

それと同時に、野宿者問題を生み出す「社会のありようと自分たちとの関わり」はどういうものなのかを授業を通して問おうとしました。「知識」の問題ではなく、野宿者問題という現実から見た「社会と自分たちの関係」を考え直していくことが重要だと考えたからです。(引用した横塚晃一の言葉は、「理解してもらう」のではなく「互いがぶつかることによって社会とわれわれ自身が変わる」ことを言っているのだと思います)。

授業のタイトルとして、「究極の貧困としての野宿者問題」をよく使います。野宿者問題とは、失業、病気、行政のセーフティネットの不備、家族の相互扶助の機能低下などの要因による、住居を失うほどの(平均月収3~4万円という)「究極の貧困」状態のことだからです。

しかし、多くの中学、高校生にとって、もともと「野宿者」「貧困」はあまり関心のあるテーマではありません。われわれ現場の人間が、自分に関心のあることをそのまま一生懸命話しても、普通、生徒たちは退屈してしまいます。そこで、生徒たちの現実や興味と、野宿者、貧困問題をつなげられるような方法がないかと、いままで幾つかの教材や比喩などを発案してきました。

今日は、今までの授業で経験したことについてお話しし、授業や一般の講演で実際に使っている教材をみなさんに渡して使ってみたいと思います。今回、その教材は「野宿者」問題以上に広く「貧困」問題の教材として使えるようにしています。その目的は、われわれの社会の「経済の貧困と関係の貧困」とを「目に見える」ものにすることにあります。

生田武志 1964年生。同志社大学在学中から釜ヶ崎の日雇労働者・野宿者支援活動に関わる。1988年から釜ヶ崎で日雇労働。2000年、群像新人文学賞(評論部門優秀賞)。現在、日雇労働者・野宿者対象の公的就労事業「高齢者特別清掃」の(日雇い)現場指導員。野宿者ネットワーク代表。有限責任事業組合「フリーターズフリー」組合員。『〈野宿者襲撃〉論』(人文書院)、『ルポ 最底辺 不安定就労と野宿』(ちくま新書)。

手・足・そして視力をも失い…このうえ生活保護の扶助費までをも 日笠方彦

日笠方彦(ひかさまさひこ)プロフィール:
高校卒業までを公立のいわゆる普通校に通学。学力不足にも関わらず「親が教師だから有名校と呼ばれる大学に進学しなければ…」と自分の主体性のなさを棚に上げて、1年目の予備校生活を過ごすが「何がしたくて大学に行こうとしてるのだろう?」と現実逃避の1年間ゆえに、不合格の結果に終わり、父親に「1年間お前は何をしていたんだ」と怒られて口論。それで「働きながら予備校に行き、大学に合格してみせてやるよ」と強がって、東京に来て働きながらにての2年目の予備校生活で無名ではあるが、大学と呼ばれるところに進学。

しかし「僕もそうだけれど、みんなもこの学校が第一志望校じゃないのか…」と責任転化と同じでしかない日々を過ごし、そんな主体性の欠落した2年間の先に待ち受けていたのは、留年そして学業不振にての中途退学。無気力で主体性の欠落していた当時の僕が次に選んだのは、「オートバイに乗っての旅をしてみたいな。という事は休みが取りやすいアルバイト生活だよな」と、またしても現実逃避と言われても反論できそうにない日々。

初めての寝袋を積んでの野宿しながらの旅は毎日が一期一会の日々だった。その旅から東京に帰ってきてからのある日、免許証の免許の条件欄に記載の「自動二輪は中型に限る」の文字に「何で限定されなきゃいけないんだろう…」と意味もなく悔しくなり限定解除に挑み、何とか目標達成。

そんな日々を過ごしていて、27歳の時に、「いつまでもアルバイト生活じゃ将来が不安定だよな…」と思い、正社員として働くという道に移るが33歳の時にバブル崩壊後の不況と自らの能力不足もあって失業し無職に。それでも何とか再就職先を確保できた95年3月に自分の不注意からの事故で障害を持つ。

左足を膝のところから失くしました。両手は親指以外の指がほとんど無いみたいな手です。左目は眼球を摘出しました。右目は眼球は残りましたが見えなくなりました。自分の不注意にての事故でした。だから、障害者と呼ばれる立場になり、働ける場所を見つけられていないのを「自己責任」と言われてもやむをえないのかもしれません。情けないけれど「こんな僕は生きていても意味がないよな」って思い、自殺を3回試みました。でも死ねませんでした…。生きていくために仕事を探しました。でも見つけられませんでした。今、僕は無職で、生活保護を使わせてもらっています。地域の中学校などの子供たちに僕の話を聞いてもらうことをさせてもらっています。子供たちからの感想文の「話の中で、日笠さんが泣いてしまったとき、「自分のことをわかってくれるやつがきっといる」と言ったとき、私の目じりがあつくなっているのがわかりました。私は健常者です。日笠さんのつらさ、痛みはわかりません。でも言いたいこと、思い、はわかります。私も思いがあります。」などと伝えてもらえて、「こんな僕でも生きていていいんだ…」と実感でき、僕の目じりもあつくなってくるんです。こんな無職で生活保護を使っている僕が、「社会参加をしていきたい。そして、そのためには、何よりも生きていきたい」という思いは、もしかすると間違っているのでしょう…?

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相談コーナー

フェスタでは、参加者からの相談に対応する企画も重視しました。当初、相談コーナーは各団体の独自企画でしたが、事前の会議で、「競合するより協力しあって利用者本位の運営をしよう」との意見があがり、賛同団体から、延べ43人の相談員を派遣していただき、「よろず相談コーナー」を実施しました(参加団体は別紙参照)。なお、このほかに独自企画として、「貧困に反対する春の無料医療相談会とレントゲン検診」(相談者69名)や、「シングルマザーのための元気の出るグループ相談会」も行われました。

「よろず相談コーナー」は、相談ブースとして6つのテントを校庭に配置し、「生活相談(生活保護、多重債務、その他)」、「労働相談」、「母子・DV・離婚相談」、「警察相談(公権力による人権侵害)」、「心と身体の健康相談」などの分野別に相談体制を設けました。

受けた相談は合計22件で、内訳は、生活困窮の相談が17件(生保申請9件、多重債務関連6件。うち4件は健康問題含む)、労働相談が2件、DVが2件、メンタルが1件でした。生活困窮にいたった経過で、不当解雇や賃金不払いに遭っていた方もいましたが、もちこまれた切実な要求は、労働債権確保や職場復帰ではなく、当面の生活立て直しが中心でした。また、自立のための仕事紹介を求める声もよせられました。

反省点は、事前宣伝が不十分で充実した相談体制に見合うだけの相談がなかったこと、相談ブースを細かく仕切れなかったこと、団体独自の相談と「よろず相談」の関係が不明確であったことなど種々あります。それでも、相談者の抱える複合した悩みに、様々な団体がそれぞれのノウハウをいかして取り組む姿勢をみせることができて、将来の発展が期待される企画となったと考えています。
(伊藤)

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反貧困フェスタ2008を終えて 反貧困ネットワーク事務局長 湯浅誠

フェスタを終えて、数日間ほとんど腑抜けたようになっていましたが、さしあたり盛況のうちに終了したことを喜びたいと思います。ご協力いただいたみなさま、本当にありがとうございました。

あのような形で学校を借り切るのも、同時進行で複数のイベントを行うのも、テントなどを借りてやるのも、とにかくお祭り的なものの開催は初めてで、受付・本部、その他実務的な段取りの面では至らない点が多かったと思います。

特に、会場設置に際して、地下に階段でしか行けないなど、バリアフリーの点からは重大な欠陥のあるイベントとなり、車椅子の障害者の方たちには大変なご迷惑をおかけしたこと、この場で深くお詫び申し上げます。

直接間接に貧困問題と接点のある種々の活動の関係者は多く集まっていただきましたがこれまで貧困問題と接点のなかった人たちがどれくらい参加してくれて、どのような感想を持ち帰ったかについては、気になるところです。

今年は、組織横断的な反貧困ネットワーク型の団体が各地に広がることを願っています。各地・各種の団体の人たちにとって、そのイメージ作りに資するイベントとなっていたかどうかも、気になっています。

とにかく、最初の3.24集会から1年。まだまだヨチヨチ歩きの反貧困ネットワークですが、これからもご指導・ご鞭撻賜れれば幸いです。今後ともよろしくお願い申し上げます。

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Festa Gallery


餅つき大会で汗かいて


物々交換カフェでまったり


李政美さんに癒され


寿[kotobuki]さんに元気をもらう

 

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