貧困ジャーナリズム大賞 2009
貧困ジャーナリズム大賞
竹信三恵子(朝日新聞)派遣労働など雇用問題を継続、かつ、多角的に報道した実績を高く評価。「官製ワーキングプア」で先鞭をつけたほか、「女性と貧困」も独自に取り上げ、テーマの先見性も抜群。
<受賞の声>
賞を与えるのは金持ちだけじゃない 反貧困ジャーナリズム大賞は、賞とは賞金を出せる金持ちがつくるもの、という固定観念を覆し、貧乏でも人をほめる側に回れることを実証したすばらしい賞です。この賞をいただいてから、貧困についての講演依頼や取材依頼が急増し、多くの新しい出会いをつくってくれました。勤め先でも貧困について報道することはほめられるべきこと、との認識が広がり、活動の幅が広がりました。そんな名誉ある賞に、みなさんもふるって応募してください。
<「反貧困フェスタ2009」での受賞の言葉>
このたびは、大賞をいただき光栄です。会社や官庁の偉い人たちに嫌がられることはあっても、ほめられることは絶対ないという分野でばかり記事を書いてきた私ですが、今回の受賞は、反貧困に懸命に取り組んでこられた方々から思いがけず「がんばれ~」と声をかけていただいたような気がして、本当に元気が出ました。きょうは、山口県の小さな団体に、「格差と貧困」について話に出かける約束がかなり前からできており、授賞式を欠席せざるをえなかったことが残念でなりません。
今回の受賞理由は、朝日新聞「働く」面の「派遣のゆくえ」などの一連の派遣労働報道や、連載「手をつなぐ貧困女性」などの女性の貧困問題報道だとうかがっています。2007年から2008年にかけ、派遣労働に従事する若い世代を中心とする「ワーキングプア」問題が大きな話題となりましたが、貧困に注目が集まったことで、08年から09年は、こうした貧困が、女性、さらには子どもにも大きな影を投げかけていることがクローズアップしやすくなりました。
女性は、もともと「男性に養ってもらえばいい」という偏見から、低賃金労働やただ働きの家事労働に就かせられることが多かったわけですが、「女性だから」「若者だから」「障害者だから」低賃金でもしかたない、といった偏見は、非正社員の極端な劣悪雇用を許す温床になってきました。つまりは、「差別意識が貧困の温床になった」ということです。
母子家庭に育ち、女性問題の取材から貧困や労働への関心を強めていった私は、こうした貧困の構造を、もっと報道したいと思い続けてきました。でも数年前までは、「そんな一部の人のことを書いても読者には読まれない」といった空気がマスメディアの中に強く、なかなか紙面をとることができませんでした。貧困に悩む女性たちから「女は昔っからビンボーなのに、なぜ新聞は女性の貧困について書かないのか」と叱られ、「新聞は変化率を書く媒体。変化も運動もないのに記事になるか!」などと、憎まれ口をたたいたこともあります。
でも、反貧困の運動の広がりは、新しい運動を呼び、そうした記事にも紙面を割くことができる状況を生み出しました。貧困が存在する、ということへの認識から、さらに踏み出して「貧困の構造」にも人々の目が向き始めたことは、運動のひとつの大きな成果だったと思います。
ただ、飽きっぽい世論を前にして、貧困という、重要だけれど地味な課題を今後もテーマとして社会に問い続けるには、さらに大きな知恵と工夫と踏ん張りが必要です。
まず、差別や偏見による労働の買い叩きを防ぐには、同一価値労働同一賃金(だれが従事していようと同じ価値の仕事には同じ賃金を払う)を日本の社会にも根付かせていく運動が必要です。会社側はすでに、会社に都合のいい「同一価値労働同一賃金」の基準づくりへ乗り出す兆しも見せています。これを、どうやって、働き手への差別を防ぐためのものとして確立させていくのか。
また、労働者派遣法の改正論議までこぎつけたことは、高く評価されていいと思いますが、次に出てくるのは、派遣だけでなく非正規労働と呼ばれる有期労働(期限付きの労働)に対する差別をどう是正するかでしょう。
3月に派遣労働についての取材で欧州を回りましたが、あちらでは「正規労働と非正規労働の間の高い壁をどう克服するかを考えないと、派遣労働差別の解決はありえない」と、労働側からも、派遣業協会からも、そしてEUの雇用担当幹部からもいわれました。
09年は、こうした有期労働者への差別問題の克服が、貧困解決のための大きなテーマのひとつになるでしょう。そんな次の局面へ向けて、私もふんどしを締めなおし(あ、念のため、ふんどしはしていませんが)、さらにがんばりたいと思います。きょうは、本当にありがとうございました。
貧困ジャーナリズム調査報道賞
永田豊隆(朝日新聞)生活保護申請拒否の全国的な実態を“情報公開”を使って調査報道(2008年7月22日1面)。申請率が45%にとどまる実態を暴き「水際作戦」の広がりを報道。派遣切りと生活保護受給の関連データも報道し、行政が出そうとしない情報を調査報道する姿勢は立派。
諸麦美紀(朝日新聞)
派遣労働の「2009年問題」を記事に。派遣先が派遣労働者の直接雇用申し込み義務を免れるため2年11ヶ月の派遣の後で短期間のクーリング期間だけ直接雇用し、再び派遣に戻すケースが横行する実態を暴いた。後日、厚労省がこれを認めない通達を出した。
テレビ朝日&ジンネット
「サンデープロジェクト」(2009年2月1日、8日)の「独走追跡スクープ証言!派遣法誕生の真実」において、労働者派遣法の制定時における関係者の“証言”を集めながら、大量の派遣切りという現状を招いた根っこの法律誕生にまつわる関係者の関わりや責任の所在を追及した。
貧困ジャーナリズム賞
産経新聞大阪社会部 「明日へのセーフティーネット」班最後のセーフティーネット、生活保護について現状の問題を多角的に報道。一般に広く知られていない複雑な制度の運用や当事者、職員の関わりについて分かりやすく伝えた。連載記事を単行本にするなど、知られざる制度を世に知らしめるための努力を重ねた。
読売新聞 大津和夫記者ほか社会保障部
年金、介護、医療、労働など、社会保障問題に関して多角的な報道を継続して展開。様々なデータを駆使し、諸外国の実例も紹介したほか、財政問題も見据えた専門的な報道は他社の追随を許さなかった。
テレビ東京「ガイアの夜明け」制作スタッフ
「”使い捨て”雇用を問う ~働くものに明日はあるか 」(2008年9月9日)他
派遣労働など雇用問題に関するドキュメンタリー番組を連発したスタッフの熱意は画面を通じて伝わった。サブプライム問題と日本の地域で起きている解雇問題がつながっている、ということを文字通り目に見える形で報道した。
毎日放送 「映像’08」制作スタッフ
「息子は、工場で死んだ ~急増する非正規労働者の労災事故~ 」(2008年12月放送)
偽装請負で働かされてきた男性の労災事故死。増え続ける非正規労働者の労災事故に焦点を当てた。制度や行政がきちんとしないなか、泣き寝入りする人々が増えている実態を視聴者に想像させる力作だった。
札幌テレビ放送「NNNドキュメント’09」制作スタッフ
「がん患者、闘いの家計簿」(2009年2月放送)
もし自分や家族ががんになったら。真っ先に考えるのはお金。まともな医療行為を受けることが出来るのだろうか? そんなことを考えさせる身につまされる番組だった。
飯窪成幸(月刊「文藝春秋」)
貧困問題をめぐる一連の特集
“月刊誌”の休刊が相次ぐなかでひとり健闘する総合月刊誌「文芸春秋」。エスタブリッシュメント層に絶大な影響力を持つ同誌が「貧困」に着目する特集を次々に出したことは社会的な事件ともいえる画期的な出来事だった。
週刊「ダイヤモンド」編集部
「あなたの知らない貧困」をはじめとする一連の特集
実際に困難を抱える当事者の立場でのドキュメントと適切なデータ・表などとの組み合わせで、今の貧困の問題を「理」と「情」で伝える良い企画を連発した。
貧困ジャーナリズム功労賞
「週刊東洋経済」編集部「雇用壊滅」「北欧」「自治体の貧困」(2009年2月)「子ども格差」などの一連の特集
大賞を受けた昨年に引き続き、雑誌ジャーナリズムのなかでは「貧困」に関するダントツの好企画を続々と連載。特に「子ども格差」は専門の研究者も舌を巻くほど深い取材に裏打ちされていた。
NHK「セフティーネットクライシス1、2」制作スタッフ
(2008年5月11日、12月15日放送)
サーカスでブランコ芸をする時に万一の際のために張る、安全の網。それがセーフティーネット。そんな分かりやすい例えで、雇用保険、年金、健康保険、生活保護などを検証。すでにJCJ賞を受けているが、ここに改めて表彰したい。
貧困ジャーナリズム特別賞
朝日新聞 朝日歌壇「ホームレス歌人」 公田耕一さん野宿している身の上を冷静に見つめる歌の数々。どれも切実さとペーソスに溢れて読む者の胸を打つ。おそらくは教養の高い、趣味人だった過去を持つ人なのだろう。ホームレスとは決して、生きる意欲をなくしたダメな人間ではない、ということを優れた作品をもって示した意義は大きい。
(以上、14の個人または団体、敬称略)