貧困ジャーナリズム大賞2018

貧困ジャーナリズム大賞(3作品 以下、順不同)

NHK 青山浩平、真野修一  ETV特集「長すぎた病院〜精神医療・知られざる実態〜」(18年2 月3日)
朗らかな表情でカラオケを歌う66歳の男性・時男さん。彼は40年近くも精神科病棟に入院したまま退院できなかった。2011年3月に起きた福島第一原発事故で原発近くの精神科病棟から転院を余儀なくされた「患者」だった。他の病院の精神科では「入院の必要はない」と退院することになったが、時男さんだけでなく、他にもそういう患者が多数続出した。登場する「患者たち」の言動をみていると、隔離する必要がどこにあるのかと思われる、ごくごく普通の人たちだ。彼らはどうして長い間、入院しなければならなかったのか、という疑問や憤りがわいてくる。精神医療の構造的な問題を明るみに出した見事なスクープ報道といえる番組。穏やかな表情の時男さんが「失った人生を取り戻したい」と語る言葉が映像を通して切なく伝わる。日本では5年以上入院する精神病患者は10万人もいるという。他の先進国と比べて突出して多い数字だ。精神医療によって様々な機会を奪われる人たちが今もいることを知らしめた功績は大きい。
朝日新聞 青木美希記者 地図から消される街 3・11後の「言ってはいけない真実」」(講談社現代新書)
この本には一人の記者が福島第一原発事故の「周辺」を取材して目撃した関係者の生活不安や生きがいの喪失といった現実の断片がこれでもかというほど描写されている。手抜き除染をする業者。廃炉の作業に従事する原発労働者。事故で避難を余儀なくされながら「自主避難」として括られて住居の確保や仕事の困難、さらには生活苦や家庭崩壊などに直面する人々。なかには自死を選んだ人たちも少なくない。著者が目撃した現実の数々をたどってみていると、この国では国民の安全を守ろうという意識が希薄だった国の姿勢が原発事故につながったばかりか、事故後の住民のたちの「貧困」も国の政策の不備で「つくられている」ということを痛感する。大手のマスコミが日々のニュースなどでは必ずしも報道しきれない、複層的な貧困の連鎖が浮かび上がってくる。そうした「つくられた貧困」の現状を等身大の感受性で描いた労作で、すぐれたジャーナリストが持つ責任感が全編を貫いている。
ワセダクロニクル渡辺周編集長ら「強制不妊」取材班 ワセダクロニクル「精神病患者や障害者等への強制不妊手術」についてのキャンペーン報道
旧優生保護法によって精神や身体に病気や障害を持った人たちなどが戦後の長い間、強制的に不妊手術を受けさせられていた実態。1948年制定の優生保護法によって国策として各地で行われ、1996年まで法律上は実施可能だった。最近になって当事者が声を上げて裁判に訴えるケースも出始め、新聞やテレビなどでもたびたび報道されるようになった。一連の報道の中で18年2月に先鞭をつけたのが、インターネットで発信するワセダクロニクルだ。日本で最初の本格的な調査報道NPOである同団体は、「探査ジャーナリズム」をうたい、広告収入や購読料に頼ることなく、読者の寄付だけで運営されている。ワセダクロニクルは2017年から情報公開請求などで集めた文書資料を元に探査を進め、18年8月末までに26回にわたって強制不妊に関する記事を公開した。相模原市での障害者殺傷事件で逮捕された被告が示した優生思想は関係者に大きな衝撃を与えたが、実は「強制不妊」をめぐっては国家や地方自治体、医師やマスコミなどが率先して優生思想を元に「不良な子孫の出生を防止する」ことに邁進する実態があったことを一連の記事は露見させた。なかには精神疾患も障害もないのに、貧困ゆえに勉強が遅れた少女が不妊手術を強いられていたケースを発掘した記事まである。「忌まわしい過去」を直視しない社会のありようが再び同じ過ちを繰り返してしまう教訓も伝えている。強制不妊に伴って数々の人権侵害や当事者の無念を歴史に遡って暴き出した報道の価値は、ジャーナリズムの歴史の中でも傑出している。「強制不妊」のキャンペーンは現在も継続中だ。調査報道NPOは米国ではピューリッツァー賞を受賞するなどメジャーな存在になっているのに比べると、日本ではまだ多くの人が知る存在とはいえない実態がある。その社会的な認知が高まることを願い、ここに大賞を贈る。

貧困ジャーナリズム特別賞(2作品 以下、順不同)

関西テレビ 米田孝、女優 吉岡里帆 ドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』
多くの人々が視聴する時間帯の連続ドラマで、「生活保護のケースワーカー」が仕事の自治体職員が直面する貧困問題をリアルに描いた番組だ。主演の吉岡里帆も悩みながらも当事者に寄り添うワーカー役を好演している。生活保護を受けている母子家庭の高校生がバイト代を申告しなかった不正受給の問題などを、けっして上から目線でなく、当事者の思いや事情もあることに理解を示しながら共感をもって描いている。受給者に多い自死の問題、識字障害やアルコール依存症など、社会的に理解が広がっているとは言いがたい貧困にまつわる障害や病気などの問題についてもよく整理して伝えている。生活保護からの脱却=役所でいうところの「自立」を言葉で促すことは簡単だが、実際には個々のケースに一筋縄ではいかない難しさが伴うことを、ドラマだからこそ描写可能な表現で丁寧に描いている。原作の素晴らしさに加えて、脚本や制作スタッフ、俳優陣が現場の問題を十分に勉強していればこその秀逸な作品だといえる。
共同通信「障害者雇用水増し問題取材班」 金友久美子記者 「各省庁で行われていた障害者雇用の水増し」スクープ報道
障害者雇用に率先して取り組むべき厚生労働省をはじめとする中央省庁で行われていた「水増し問題」。新聞やテレビ各社も大きく報じているが、一連の報道の先鞭をつけたのは共同通信によるスクープだった。法令で割合が厳しく定められて罰則もある障害者雇用率が適切に運用されているかどうかは、社会全体が包括的なものかどうかを示すバロメーターともいえる。それなのに障害者手帳の有無などを確認することなく、本人申告などを元にずさんな形で集計していた実態は、障害をもつ人々に対する雇用政策だけでなく他の政策にも疑念を抱かせるものになっている。障害者が社会参加を実現し、収入を得て生活の基盤をつくっていくための根幹というべき雇用で行われていた数字のずさんな運用の実態を伝えたことで、行政全般に是正を促し、猛省を迫る報道活動として高く評価する。

貧困ジャーナリズム賞(8作品 以下、順不同

日向咲嗣(フリーランスライター)「失業保険150% トコトン活用術」(同文館出版)、「58歳からのハローワーク200%活用術」(朝日新聞出版)など一連の著作
貧困の要因として大きなものとして失業がある。日向氏は、失業状態になったときに当事者がどのように考えればいいのか、対応すればいいのかということについて一貫して調べて書き続けている。失業者当事者によりそっての執筆活動は貴重である。
巳年キリン(作家)「働く、働かない、働けば」(三一書房)
漫画エッセイ『働く、働かない、働けば』で、不安定で労働条件もよくない働き方を考えることを通じて、強くない個々人が支え合ってみんなで生きられる社会のあり方を読者とともに考える作業を漫画も交えながらおこなっている。徹底してやさしく柔軟な著者の姿勢は、多くの非正規労働者や働けなくなってしまった若者たちの共感を呼ぶものとなっている。
読売新聞社 社会保障部 大広悠子記者 非正規公務員・非正規教員の増加に関する一連のキャンペーン報道
中央省庁や自治体などで「役人」として国民と向き合う責任ある仕事をしていながら、低賃金で不安定な立場の非正規の公務員。公立の小中学校で「先生」と呼ばれ、担任や部活などを任されて子どもたちと向き合っていても、低賃金で不安定な非正規の教員。民間企業で働く非正規職員や私立学校の非正規教員の場合には労働契約法が適用され、任期が通算5年を超える場合には建前として正規雇用になる権利が発生するが、非正規公務員や公立学校の非正規教員はその対象にさえなっていない実態がある。大広記者は、非正規の公務員・非正規教員の雇用実態を全国的に調査して差別的な処遇の実態を明るみに出す報道を精力的に続けている数少ない新聞記者だ。公立学校の非正規教員の場合には、給与表に基づかずに条例や内規などで給与の上限を設けてあえて昇給しない仕組みを採用した自治体が多いことを特報した報道をはじめ、教育、保育、福祉などの分野で正規雇用と変わらない職責を果たすために懸命に働きながらも自分自身の生活そのものが追い込まれている非正規公務員らの理不尽な雇用の実態を伝え、総務省や文部科学省などに是正を求める一連の報道は、日が当たりにくい「非正規」問題に光を当てた優れたジャーナリズム活動として評価に値する。
福島中央テレビ 小野紗由利、丸淳也 NNNドキュメント「見えない壁〜福島・被災者と避難者〜」(18年2月11日)
7年前に起きた東日本大震災とそれに続く福島第一原発の事故。それによって人生を翻弄された者同士のはずなのに、福島では地震や津波などの「被災者」と原発事故で自宅を追われて避難を強いられた「避難者」との間で、見えない壁が出来つつある。補償など金銭をめぐる対応で線引きされてしまう現実があるため、本音の部分では住民同士が疑念と偏見、羨望や憎悪などを募らせ合う。この番組は、住民同士の「壁」をテーマにして報道したテレビ番組としては画期的なものだった。道路を隔てて、隣り合う団地の住民同士が当初の疑念や偏見をぶつけ合って、次第に行事などを通して交流し、少しずつ理解を進めていく過程を映像で記録した。番組を通じて、この地区の住民たちに限らず、福島県全体に存在する「壁」、あるいは日本国中に存在する「壁」を解消するための手がかりを教えてくれる。震災や原発事故が生んだ格差や貧困という大手メディアがタブー視する問題を映像メディアで伝えたことの意義は大きい。
札幌テレビ 村崎 亜耶芽、田村 峻一郎  NNNドキュメント「安住の地はどこに〜札幌・11人死亡火災」(18年5月27日)
1月に札幌で起きた生活困窮者向けの共同アパート「そしあるハイム」の火災では11人が死亡した。アパートを運営していたのは路上生活者や困窮者を支援していた民間会社「なんもさサポート」だった。同社は生活困窮者のニーズに合わせて比較的安い家賃で住宅などを提供して入居者の評判も良かった。しかし、火災後、縦割りの行政の枠組みに当てはまらずに運営されていたため、恒常的に指導する行政窓口はなかったことが問題視された。それでも行政や警察が事実上紹介する形で困窮者が次々と送り込まれるという実態がある。同様の民間アパートはその後の調べで札幌市だけでおよそ70近くあり、900人近くが生活していることも判明した。こうした行政の隙間を埋めるような民間アパートは全国的に存在し、各地で同様の火災のために死者も出している。番組では火災で焼け出された人など一人ひとりの困窮者を丁寧に取材し、火災をきっかけに浮かび上がった、行き場のない生活困窮者を誰がどのようにケアすべきなのかという問題に一石を投じた。
NHK 笹井 孝介、城 秀樹、小川 康之、堀川 篤志 ETV特集「Love 1948-2018 性的マイノリティーの戦後史」(18年6月16日)
性的マイノリティーの歴史を、かつての性風俗やサブカル的な視点も交えつつ、その時代時代を証言する当事者の声を縦軸にして変遷をたどった戦後史ドキュメンタリーだ。LGBTの当事者たちは長い間、差別の対象になってきた歴史がある。「異常」「病気」などとあからさまに差別的に語られる状態が最近まで続き、当事者だと周囲に露見してしまうと自死にまで追い込まれてしまう実態があった。そうした深刻さゆえか、異論を唱えると猛烈な社会批判を受けるデリケートなテーマにもなっていて、LGBTのパレードを伝えるニュースの伝え方もどこか「正しさ」を強調するような印象が漂う。そうしたなかで、性的少数者がたどった歴史を同性愛者向け専門誌など「性」のリアルな部分にまで迫ったのがこの番組だ。「正しさ」だけでなく、「愛する気持ち」のありようの変遷もたどり、“日陰者”として長く扱われてきた過去を直視しながら私たちの現在位置を確かめようとする画期的な試みともいえる。見終わると清々しい感動が広がるが、少数者の問題について共感的に伝える報道表現のあり方に新機軸を打ち出したものとして高く評価する。
沖縄タイムス  社会部 新垣綾子記者 「沖縄の精神病患者の私宅監置問題」キャンペーン報道
沖縄県精神保健福祉会連合会などが主催した「私宅監置」の写真展の開催に合わせて、「私宅監置」についての記事を次々と掲載した。精神病患者を病院ではなく、民間の住宅などに監禁する「私宅監置」は日本では明治初期に制定された法律で認められ、戦後の1950年に全面的に禁止された。しかし、沖縄は戦後に米軍の統治下にあったため、1972年まで公認され、続けられていた。沖縄タイムスは、同連合会による聞き取り調査や監置小屋の保存運動などを細かく報道し、連載[「座敷牢」の闇で 私宅監置を考える]などで精力的にキャンペーン報道を展開。私宅監置では外から施錠をして中に閉じ込めていた実態が浮かび上がった。「外から五寸くぎ」とか「ヤギや豚のような扱い」など目を背けたくなるような描写もあるが、「現在につながる問題」として過去の歴史的事実を直視するよう警鐘を鳴らす報道を続けている。
原 義和(フリーディレクター)、NHK 村井 晶子  ハートネットTV「消された精神障害者〜沖縄の私宅監置〜」(18年6月6日)
精神障害者を家の離れなどに閉じ込めてその中で食事や排便などをさせる「私宅監置」は沖縄では1972年の本土復帰まで続いていた。当時は沖縄の行政庁(琉球政府)も認めるもので行政が設置した監置小屋を示す写真も発見された。今も残っている当時の監置小屋の映像やこの事実を発掘して写真を撮っていた精神科医の証言、さらには監置されていた患者の関係者などの証言を丹念に拾い集めた衝撃作だ。監置されていた人たちは人知れず亡くなっていた。最近、精神障害を持つ子どもを親が私宅に監置していた事件が各地で相次いで発覚したが、精神障害者の処遇について社会のありようを考える上でも今につながる問題提起をした番組だ。

 

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